池上永一 「テンペスト」(角川書店)

2011年5月2日月曜日

時代小説

t f B! P L

 沖縄(琉球)の王宮を舞台にした歴史(時代)小説。

主人公は真鶴という女性なのだが、この女性が、科試(琉球の科挙みたいなもの)の合格を目指し、宮廷入りし、といった、一種のサクセス・ストーリーっぽい物語。


琉球の第二尚氏王朝時代。この時代の琉球、女性が後宮以外に宮廷で活躍する舞台はない。首里の貧乏士族で、科試狂いの父親のもとに生まれた真鶴は、受験がいやになって失踪した義理の兄の身代わりになって、父の、いや一族の望みを叶えるため、男性の「孫寧温」となって宮廷いりを目指す、といったところから始まる物語。


上巻の構成は


第1章 花髪別れ

第2章 紅色の王宮へ

第3章 見栄と意地の万華鏡

第4章 琉球の騎士道

第5章 空と大地の謡

第6章 王宮の去り際

第7章 紫禁城の宦官

第8章 鳳凰木の恋人たち

第9章 袖引きの別れ


で、真鶴が宮廷に宦官としてあがり、順調に出世の道を歩む。その過程で王族神である聞耳大君と争闘や、清朝の使節団の一員で琉球王府を我が物にしようとした徐宦官との死闘が語られるのが上巻。


この物語の魅力は、なんといっても「沖縄」という「大和」ではない地、価値観も風情も違い、明治以前は、江戸幕府の治める日本本土より文明国であった、「琉球」の持つ魅力と、美しい娘、いや宦官の真鶴こと孫寧温が、女であることを隠しながら、ライバルを圧倒し、政敵を倒して成り上がっていく爽快さにある。

総じて、成り上がり物は、主人公がよほど嫌みな奴でない限り、読んでいて楽しいものなのだが、この話は、孫寧温(真鶴)の姿が、痛々しくて、それでも使命感に燃えて懸命に頑張る姿に妙に感情移入してしまって、ガンバレ寧温ってな感じになってしまうのがミソ。


ついでに、ちょっとなじみの薄い、幕末の東アジアの国際関係、特に、日本側から見たのではなく、日本の外から、薩摩藩であり、江戸幕府の姿をかいま見ることができるのも、おまけではあるが、お得。


で、下巻に移ってもらえばわかるのだが、この上巻は、いわば宮廷の表舞台である王宮に執務所にあたる。


王宮全体の姿は、裏舞台である後宮 御内原と合体しないと完全な王宮にならないというところが上巻まで。


続く下巻の構成は


第10章 流刑地に咲いた花

第11章 名門一族の栄光

第12章 運命の別れ道

第13章 大統領の密使

第14章 太陽と月の架け橋

第15章 巡りゆく季節

第16章 波の上の聖母

第17章 黄昏の明星

第18章 王国を抱いて跳べ


上巻で、八重山に流刑になっていた孫寧温こと真鶴が、王宮に復帰、しかも側室として、といった展開で進行していく下巻。


もともと真鶴っていうのは美少女という設定だったから、宦官として官僚勤務をするより、側室っていうか女官っていうのが、ふさわしいっていうか、もっとも穏当な物語の紡ぎ方だったんだろうが、さすがこの作品の筆者、はじめは男として宮廷にあげ、その後、女として後宮で活躍させ、それにあきたらず、今度は・・・ってな感じで展開させていくから、油断も隙もない小説である。


しかも、上巻では、どちらかというと宮廷内というか、すくなくとも琉球政府の中の対立が中心であったのが、下巻では、幕末とあって、欧米列強が登場する舞台的にも、かなり大仕掛けになってきている。


で・・、と筋立てを書いてしまうとネタバレが過ぎて、血湧き肉躍るこの小説を読む楽しみが失せてしまうから、筋の紹介は、この話ではここまで。


代わりに、雑感を少し書くと、この琉球王朝ってのがなかったら、日本の開国というか、幕末の情勢は、ひょっとすると、もっと悲惨なものになていたかもしれないな、と思ったりする。この小説の展開が歴史事実かどうかは知らないが、少なくとも、ペリーをはじめとする欧米列強が清王朝を手にかけた後、日本へ向かうその途上で、琉球国はワンクッションであったには間違いないであろうし、琉球国を経た欧米列強の情報が全くなければ、日本を

ひっくり返した幕末の動乱の中、日本が列強のいいようにされたであろうことは間違いなく、アジアの姿も今とは違う様相を示していたであろう。それは、列強の暴風雨をもろに受けざるを得なかったインド、アフリカの姿が象徴しているといってよい。


そして、間接的とはいえ、植民地にならないですんだ「日本」いや「大和」が琉球に何をしたかというと、それは、この小説の中にも出ているように、新たなアジアの「列強」としての振る舞いでしかなかった、というところに、この国の一種の凶暴性を感じるのである。そして、その凶暴性が、この琉球の併合にとまらず、太平洋戦争での惨状につながり、最近のアメリカの基地問題をベースにした政府の迷走・暴走をつながっていくことを考えると、少し暗澹たる気持ちになってくる。


だが、この暗い世相の中、ブックレビューまで暗くすることは本旨ではない。王朝は滅びながらも一種の明るさを見せている終章の一説を引用してこのレビューは終わろう。


ー国が滅びたのに、どうして私の心は豊かなのかしら?


孫寧温が消えると同時に真鶴の嵐は終わった。もう二度と真鶴が寧温に翻弄されることはない。四十年前、王宮に鳴り物入りで現れ、疾風のように駆け抜けていった宦官はこれから、毎日、人の記憶の中から消えていくだろう。


だがこの夜風の何と心地好いことだろう。王国の栄光はすべて過去のものとなったが、人が生きている限り、大地ではどんな国でも興せる。今は静かに未来を祈るだけである。


テンペスト(嵐)はいつか去る。そして、その後に来るのは、再興への志である。


(追記)2011.05.11 池上永一の「テンペスト」読了

池上永一の「テンペスト」を読了した。連休に入ってから読み始めたので、連休中は、これを読みふけっていた状態だ。
詳しい紹介は別に譲って、ざっくりとレビュー。
おおまかに言うと、沖縄の宮廷を舞台にした、立身出世ものというか、成り上がりの物語に名を借りた琉球の王宮が滅びていく歴史ものというか、なんとも複雑な色合いを持つ歴史(時代)小説。
時代は、ちょうど幕末あたり。
さわりのあたりからレビューすると、

琉球の首里の士族の娘に生まれた真鶴は、科試(琉球版科挙)に合格することが一族最大の目標と考えている父親から「人」として扱ってもらえない。「人」どころではなく、「存在しないもの」として扱われている。
ところが、彼女の義理の兄が受験勉強の辛さに耐えかねて失踪。真鶴は兄を救うためと、自ら望みを叶えるため、男に扮し科試の臨む、ってな感じで始まり、孫寧温と名を変えた真鶴は、科試に合格し、琉球王朝の新進官僚としてデビューを果たすが、彼女を待つ嵐の運命は・・・

ってな感じで展開していく長編小説だ。

その後の展開は波乱万丈、山あり谷あり、はたまた天空あり。いやそれどころか、恋あり、花散る無残あり、あらら、子供まで産んでしまうのか、と作者が次々と繰り出してくる手にうかうかと乗せられながら、最後のページまで引っ張りまわされました。

琉球王府という、ほとんど知識が無く、またそれなりの異国情緒に満ちた舞台ということもあるのだろうが、なんともハラハラ、ドキドキしながら読んでしまった。いや、満足、満足。
さらにいえば、清国と薩摩という二つの宗主国をもつ琉球の姿は、二つの性を演じる真鶴・孫寧温の姿とダブってくる。琉球が、二つの国の間で独立を求めて悪戦苦闘す姿は、二つの性に引き裂かれそうになりながら、自らの思いに忠実に生きようとする主人公の姿でもあって、うーん、なんとも複雑で、琉球らしい絢爛豪華といった読後感である。

ついでに、この話、仲間由紀恵主演で舞台となったり、NHKのBS時代劇となったりで、私の場合、主人公のイメージが、彼女に固定されてしまっている。真鶴や孫寧温の小説内でのしゃべりを、仲間由紀恵の細い声で頭の中で再現したり、といった密かな楽しみもないではない。

TVは7月から放映らしいから、それまでに読んでおくと2倍楽しめるような気がする物語である。

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日本の人口最少県の住人。なりわいは行政書士。読書好き、ガジェット好きの昭和人です。

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