江戸は神田三島町にある中堅どころの袋物屋・三島屋の「黒白の間」で、語り手一人、聞き手一人、襖ごしの立会人一人をキャストにして、出入りの口入れ屋が紹介してくる語り手の持ち込む奇妙な話を効き続ける変わり種の百物語「三島屋変調百物語」の第十弾。
嫁に行き出産を控えた「おちか」に替わって百物語の聞き手となった三島屋の次男坊・富次郎であったのですが、聞く話の重さに耐えかねて聞き手を辞めようかとまで思い詰めてしまったのが前巻まで。
この巻では、絵師として再出発するという新たな希望を得て、一人前になるまで、三島屋で飯を食わせてもらう代金がわりに百物語の「聞き手」を再び始めるところからスタートします。
収録話とあらすじ
収録は
第一話 猫の刻参り
第二話 甲羅の伊達
第三話 百本包丁
の三話。
そしてこのおまけとして、三島屋の跡取りとして修行先から帰ってきた伊一郎が巻き込まれた災厄に、富次郎が立ち向かうこととなります。
「第一話 猫の刻参り」のあらすじと注目ポイント
「猫の刻参り」の語り手は40代後半か50代にはいったぐらいの上品な商家の老婦人「お文」です。
彼女は十七のとき熱病に罹り、その後遺症で顔の左半分が麻痺してしまったのですが、それをはかなんで自殺をはかったときに、祖母の「おぶん」が彼女をおもいとどめさせるために語ってくれた、祖母の昔語りです。
その話は、祖母が十六の頃、姉の結婚を世話した仲人から持ち掛けられた縁談話から逃れるため、父の知り合いの近隣の田舎の地主の隠居所へ身を隠すこととなります。
そこで出会ったのが、その家で飼っている数えきれないほどの猫です。「おぶん」はその隠居所の猫たちのお世話をすることとなり、来る日も来る日も世話をするのですが、そのうち一匹の猫が話しかけてき、おぶんは怖がることなく猫たちと親睦を深めていきます。。そして、「おぶん」は猫たちに「猫神の宮」に招かれることとなるのですが、そこで猫神に仕える「シマっこ」という白猫と特別に仲良くなります。
「おぶん」の隠居所での生活は、隠居所の老主人たちの死去で長くは続かず、彼女は両親のいる生家へ帰り、羽振りのいい口入れ屋に嫁ぐこととなります。「おぶん」の亭主となる男性は上背のあるイケメンであったのですが浮気者で、さらに舅と姑にこき使われ、姑には毎日いびられ、という毎日をおくることなります。
姑の嫁いびりは、「おぶん」が赤子を流産したことからさらにひどくなり、「おぶん」はこの苦しみから逃れるため、隠居所で仲良くなった猫の「シマっこ」が言っていた(丑三つ時ではなく)猫の刻に猫神様の宮にお参りし、浮気者の亭主と嫁いびりをする姑を懲らしめてくれるよう決意します。
猫神様の宮で「おぶん」は成長した「シマっこ」に再開するのですが、実は「シマっこ」は先代の猫神様が亡くなった後、新しい猫神となっているのでした。彼女は守ってやるという約束を交わした「おぶん」が虐められている様子を聞いて同情し、「おぶん」をいじめる亭主と姑を「それなら、そいつらを懲らしめようか」と「おぶん」に代わって復讐することを約束します。
「シマっこ」の力で「おぶん」の願いは叶い、亭主は喉がつぶれ、しゃべることや食べ物を呑み込むことも難しくなり、姑も髪の毛が抜け、言葉がしゃべれなくなり、さらにはどんどん猫へちかづいていきます。おぶんは今までの恨みを晴らしたと喜ぶのですが、その呪詛はおぶんに跳ねかえってきて・・という筋立てです。
単なる化け猫の怪異譚ではなく、仲良くなった人間の恨みを晴らしてあげる代償として、身を犠牲にしていく「猫」の姿が哀しい物語です。
「第二話 甲羅の伊達」のあらすじと注目ポイント
第二話の語り手は、三島屋と取引のある鼈甲屋の「金巻」に奉公している小僧の爪吉です。彼が「金巻」で家宝の「お甲羅さま」のことについて語るというのですが、どうやらこれは先日亡くなった「金巻」の先代の大旦那の言いつけのようです。そして、その話は大旦那が若く、小僧・大吉として「金巻」に奉公していた頃の話で・・、というのが出だしとなっています。
物語はこの段落で、富次郎の兄の伊一郎をめぐって騒ぎが起きるのですが、これは巻の終わりあたりの富次郎と「あの男」とのやりとりにつながっていくので覚えておきましょう。
百物語の方は、大吉と同じ頃奉公にあがった「みぎわ」という少女がメインとなります。彼女は冬場に江戸へ出稼ぎに来る「椋鳥」の母親と一緒に江戸へ出てきた娘なのですが、職場になかなか馴染めないでいます。どうやら故郷でも「村八分」となっていたようなのですが、この時点では詳細ははっきりとしません。
「みぎわ」の過去が明らかになるのは、「金巻」で起きた同業者の乱入騒ぎが発端となります。金巻の商売が順調なことに嫉妬し、根拠のない恨みを抱いた「残月」の主人が刃物を持って店へ乱入し、奉公人を傷つけ、幼い一人息子を殺めようとするのですが、そこに居合わせてしまい、残月の主人に暴行された「みぎわ」は、欄間の龍の彫り物から水を吹き出させ、彼を制圧してしまいます。彼女は制圧した後、「三平太さま、ありがたや」と謎の言葉を残し、気を失ってしまい・・という展開です。
この後、意識を取り戻した「みぎわ」から彼女の故郷の話が語られるのですが、それは盗賊によって一度は壊滅した「安良村」の再生と、再び「安良村」を襲撃してきた盗賊団を、村に古から棲む「三平太」様」と言われる妖怪と村人たちとの連合軍が撃退していく物語で・・という筋立てです。
盗賊団が撃退されて、めでたしめでたしとなるのが通例なのですが、そうは問屋が卸さないのが、この物語の皮肉さと肝になるところですね。ただまあ、盗賊団の撃退場面はかなりハラハラドキドキして読み応えがあることは請け合います。
「第三話 百本包丁」のあらすじと注目ポイント
第三話は、第二話で少し前触れがあった三島屋の長男・伊一郎の揉め事になんとかけりがつきそうな年の暮れ、口入れ屋の灯庵から紹介のあった、一膳飯屋の女将・初代から語られる話です。
彼女は子供の頃、甲州の山間の村に住んでいて、貧しいながらも家族仲良く暮らしていたのですが、その村の庄屋の元に町方から「花蝶」という娘が嫁にきたあたりから騒動が起きはじめます。「花蝶」はもともと町方の大きな商人の娘で、その地のお殿様の側室として城へ上がる予定で、行儀見習いと称して城代の元へ預けられるのですが、城代家老の奥方から「性、侫奸にして貪婪、厳に遠ざけるべき魔性のもの」と言われ、実家へ戻されたという曰くつきの娘です。
そんな彼女が庄屋の家に嫁に入った後、村中の男たちが美しい「花蝶」の虜となると共に、彼女の淫乱さの餌食となっていきます。「花蝶」に誑かされた村の男たちは互いに傷つけ合い、この結果、「花蝶」は首を切られ死に、村は炎に包まれて壊滅状態になるのですが、ここまでが物語の出だしとなります。
村を焼き尽くす大火事から逃れて、初代と彼女の母親は山の奥へと入っていったのですが、そこで人間の言葉を喋る一匹の山犬・山桃に出会います。山桃の案内で山中の堂々とした大きな屋敷に連れて行かれるのですが、そこで山桃から出された話は、この館に留まって、館に迷い込んでくる旅人に食事を提供する「包丁人」にならないか、というもので・・という筋立てです。
どうやら道に迷った旅人を一夜泊めてやる「迷い家」(マヨイガ)、「山の御殿」の類らしく、ちょうど包丁人がいなくなったこの館が、山中を逃げてきた母娘をスカウトした、という設定ですね。
そして、その誘いを断って再び危険な山中へ出ていくこともできない初代たちは、「包丁人」となることを承知します。包丁人の年季が明けるのは、百本の包丁を使い潰すまで、ということで、その日から迷った旅人が来る都度、山のようなご馳走を料理する毎日が始まります。
そして、館での暮らしにも慣れてきた頃、なんと村を壊滅させた「花蝶」の生首が初代のあとを追ってきていたことがわかります。「花蝶」の首は館の近くまでやってきて、館の中へ侵入しようとするのですが・・といった展開です。
おまけの話は、他店での修行を終えて三島屋に還ってきた伊一郎に関わる話です。伊一郎は修行先で恋愛のもつれに巻き込まれていて、第三話の冒頭でなんとか解決の道筋がついたのですが、伊一郎が結婚する相手に横恋慕する男に襲われ大怪我をしてしまいます。伊一郎の命を助けるため、富次郎は取引を「あの男」に持ちかけ・・という筋立てになっています。
レビュアーの独り言
「三島屋変調百物語」は底になる伝承や民話などが見当たらず、著者の独創と思われるものが多い印象があるのですが、今巻に限って言えば、「猫又」、「河童」、遠野物語の「マヨイガ」が底のアイデアになっていると思います。とはいってもそうした妖怪譚や民話をバックボーンにして見事な物語に仕上げているのが著者の凄さなのでしょうね。
さらにいうと、おまけの話で「あの男」と富次郎が伊一郎の寿命をめぐってやり取りをするのは落語の「死神」を連想させるところです。
で、ちょっと気になるのが、今巻の最初のところで絵師を目指すために百物語の聞き手を継続することを了承した富次郎の決意を揺るがすような事態が起きてしまったことですね。さて、十一巻はどういう展開になるのでしょうか。

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