上田秀人「勘定吟味役異聞5 地の業火」「勘定吟味役異聞6 暁光の断」(光文社文庫)

2019年5月11日土曜日

上田秀人

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先祖代々、勘定方のお役目についていたいわゆる「文方」の生まれであるにもかかわらず、四男坊であったがために、ソロバンの腕前よりも、戦国以来の豪剣である「一放流」の遣い手となった「水城聡四郎」がメインキャストを務める、江戸時代中期の六代将軍・家宣、七代・家継から八代将軍・吉宗の時代を舞台にした「大活劇」の1st Season「勘定吟味役異聞」シリーズの第5巻~第6巻

 八代将軍の対抗馬・尾張吉通死す。犯人を探して聡四郎は京都へ ー 「勘定吟味役異聞 5 地の業火」

今巻では、八代将軍を狙っていた尾張藩主の徳川吉通が側室のところで晩飯の魚を食って変死する。死んだ途端に跡目相続で家中が騒然となるのは、武家の習性なのか、このシリーズの習性なのかはわからないが、物語が弾みだすのは間違いない。ただ、聡四郎を引き立てた新井白石は、亡き家宣の遺志を継ぐことばかりを考えていで、昔の「成功体験」を忘れられない、本書によれば「妄執の人」になってしまってますね。
さらには、何かとあら捜しをして再び政権に復帰しようと躍起になっている新井白石が、聡四郎に吉通の暗殺をしたと思われる側室と側用人を探せ、と言い始め、二人の出身地の京都まで出張する無駄骨折りの「探索行」に駆り出されていくといった展開である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 枝葉の争い
第二章 陽炎の座
第三章 因縁の連鎖
第四章 旅路の闇
第五章 遠国の風

となっていて、まずは暗殺された「吉通」の跡目相続を巡って、幕府、尾張藩の中の騒動が描かれる。暗殺をネタに尾張藩の取り潰しを狙う老中たちに、潰すのではなく恩を売れ、とアドバイスする間部詮房は、取り潰しによる政情不安に気づくだけ老中たちより見識が深いとはいえるのだが、そのへんに気づかない「老中」たちってのは逆に幕政を担っていて大丈夫なんだろうか、と心配になる。

白石の命令によって、聡四郎は二人の出身地である「京都」まで出張することになるのが今巻の大筋。もっとも、この二人は柳沢吉保のところに匿われているので、まあ無駄な出張に終わるのは明らかなのだが、メインは、この道中にいろんな刺客がでてくるところなので、このシリーズにとっては二人の行方なんかはどうでもいいことなんである。

さらには、小田原のあたりから紀伊国屋文左衛門が同行を申し出てくるので、まさに「敵」と一緒に旅をすることになる。「敵」とはいっても、日本各地に配下の店をもち、しかもいろんな大名に金を貸して恩を売っている「大豪商」なので、時と場合によってはこれほど「力」になってくれる「敵」はいないのである。
例えば、熱田で尾張藩の「木曽衆」に襲われたときも、紀伊国屋の手配する船で、木曽集をぶった切っておいてさっさとトンズラできるし、本来なら木賃宿に泊まるはずが良い宿へ泊まることができたり、京都で泊まる組屋敷では飯の世話などをする女中を借りてくれたりといった具合で、貧乏旗本の御用旅では、少しばかり旅費と活動費をもらっていてもこんなことはできませんね。

もっとも、紀伊国屋に何の下心もないわけがなく、京都の遊廓・島原で、江戸の金座・後藤庄三郎の初代が家康の子ではないか、といった情報をさりげなく聡四郎にインプットして、次の布石にしておくあたりは、さすが海千山千の商人のワザである。

おきまりのアクションシーンの相手方は、今巻は尾張藩の刺客が主となる。ここで単に「浪人者」を雇われるとがっかりくるところなのだが、熱田で襲ってくる「木曽衆」は

壬申の乱までさかのぼる歴史を持つ。
大海人皇子の挙兵に応じ、騎馬をそろえおおとものおうじみなもとのよしなかて参集し、瀬川で大友皇子の軍勢を破ったことに始まり、源義仲の平家討伐の原動力ともなった。
耕作地の少ない木曾の山中に住んでいることから、忍や雇われ兵として出稼ぎしなければ生きていけず、代々武を受けついできた

といった昔から続く「忍」の系統であるし、京都で対決する尾張藩の「お土井下組」は

お土井下組は、秘された存在であった。
表向きは名古屋城高麗門を警護するお庭足軽組うずらの一つとされていた。
名古屋城本丸の退き口、藩主脱出の門となる鶉門である高麗門を警護することから、特別にあつかわれていた。
お土井下組と呼ばれたのは、組頭である久どう道家の屋敷が、高麗門を出たお土井下にあったことに由来している。
藩のなかでもお士井下衆の存在を知り、その真の役目を理解している者は少なかった。

といった由来をもっていて、こうした由緒ある「刺客」が出てくるのが、御三家筆頭の尾張徳川家の「力」でありますね。こうした伝統と歴史を背景にした強そうな刺客を聡四郎が倒していくあたりは、ヒーロー漫画の醍醐味に通じるものがありますな。

そして、もう一つの剣の勝負は、浅山鬼伝斎の「一伝流」と入江無手斎の「一放流」との因縁の対決。鬼伝斎も本シリーズに登場した頃は、無敵の腕を持つ謎の剣豪といった感じであったのだが、ここらにくると柳沢吉保の江戸を騒がす陽動に使われているレベルになってしまっているのだが、強敵は強敵。この勝負以後、無手斎が右手の筋を斬られ剣のワザが変わりますね。

【レビュアーから一言】

将軍・家宣が逝去してから、彼の遺志を継いで幕政を動かそうと躍起になっている新井白石なのだが、間部詮房や老中たちから権限を取り上げられ、焦りばかりが出ているのが現状。こうした上司に使えなければならない聡四郎に同情もするのだが、こんな白石を、「紅」と彼女の父親・相模屋伝右衛門が評して

「新井さまは、人を信用なさりませぬ。なんでも己で対処し、他人のやることはいっさい認められない。」
「それじゃあ、誰も味方してくれない。」
「そうだ、新井さまにあるのは、敵と手下だけ。いや、道具だけ」

といったところは、使う立場にある人も、使われる立場にある人も、すべてのビジネスマンが心しておいたほうがいい言葉でありますね。


将軍位を巡る吉保と吉宗の暗躍が開始。聡四郎の次の敵は「忍」 ー 「勘定吟味役異聞6 暁光の断」

将軍・家継の代となったが、彼はまだ幼少の上に、体が弱い。そして、家継が早逝した場合の、八代将軍に最有力であった尾張藩主・徳川吉通は家臣によって毒殺、と6代将軍の死去後、将軍家の後釜争いがにわかに動き始めたあたりを描くのが今巻。

中心となるのは、この時代に大奥を巻き込んだ一大スキャンダルの「江島・生島事件」で大奥の年寄・江島と人気役者・生島新五郎の不義密通事件は、その裏には、大奥の天英院と月光院の権力争いがあった、というのはよくある話なのだが、その裏にまだ裏の話があった、というのが筋立て。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 初春鳴動
第二章 幕の裏側
第三章 失地渇望
第四章 野望交錯
第五章 崩壊の兆し

となっていて、今巻でも「面倒くさいジジイだな」と思わせるのが、新井白石で、聡四郎が、自分に逆らいだしたのは紀州藩主・徳川吉宗の後ろ盾を得たからだ、と邪推して嫉妬したり、政権への復帰意欲が強すぎて、間部詮房に「江島生島事件」の裏には「黒鍬者」がいる、とサジェッションされて、あわてて聡四郎を捜査にいかせたり、と右往左往させられる聡四郎もたまったものではない。ただ。白石によってあちこちに首をつっこまさせられるので、探られてはまずいところから刺客を派遣される、という段取りになるのであるから、物語を進めているのは「白石のおかげ」と言えなくもない。

で、今回の表のメインの事件となる「江島生島事件」なのだが、本書では、天英院の意向もあるのだが、「江島」は世間知らずなところを、紀伊国屋に目をつけられて嵌められた設定になっているので、二人が実は幼馴染だったとか、江島と生島が許されない恋におちていたってな与太話や濡れ場があるわけではなく、大人気の生島新五郎とお話できてお酒が飲める席で、舞い上がった「江島」が紀伊国屋の策略で「門限に遅刻」させられたという、まあいいところのお嬢様がやりがちなことが真相となっている。ただ、これが原因で間部と月光院との仲が外部に知られることになるし、江島の生命を助けるために間部が力と金を使ったことが後々の彼の失脚につながるのだから、お嬢様の火遊びも、燃え方によってはとても危ないものだと改めて教えてくれる。

さらには、間部詮房と月光院、そして新井白石の権力の衰えを見て、柳沢吉保がその本当の野望をかなえるべく本格的に動き始める。もっとも、吉保は家宣・家継は徳川家を傍流から簒奪したけしからんやつと思っていて、綱吉の血を引く、自分の息子となっている「柳沢吉里」が本来将軍家を継ぐものと信じ込んでいるので「野望」ではなく「聖戦」ぐらいの気持ちでしょうね。

そして将軍位を狙っているのは、吉保だけでなく、徳川吉宗もその一人で、彼は彼で

「今の老中若年寄の多くは、己の地位を守ることに汲々とするだけの小者ばかりではないか。将軍の補佐をすべき者がこのようなればこそ、幕政は滞るのだ。」
「勘定にしてもそうよ。金は勝手に増えてはくれぬ。努力して増やすのだ。入るをはかるもたいせつだが、まず御上がせねばならぬのは無駄な費えをなくすことだ。出ていくものを減らさぬ限り、幕府の蔵に金は残らぬ」
「新しいものは人を狂わせる。余は国をもっときびしく閉じるべきではと考えておる。・・・いやそれだけではない。毎日の生活も締めねばならぬ。奢侈に流れるゆえ、金が多く必要となる。金さえあればなんでもできると思わせてはいかぬ。それは人の心をゆがませ、天下を危うくする」

としていて、それぞれに権力を目指す理由はあるもんですね。

そんな権力争いのとばっちりを食うのは、やはり聡四郎しかいなくて、今巻では、間部詮房と月光院の配下の伊賀者、柳沢吉保配下の黒鍬者、そして、どういうわけか徳川吉宗配下の玉込め役(吉宗が将軍になった後、「お庭番」になる一派ですね)といった「忍」の連中を敵に回すことになる。伊賀者は、はずみで仲間を殺しているから敵となるのもやむを得ないとしても、黒鍬者や、玉込め役は近くにいるのが目障りだから位の理由で生命を狙われることになるのだから。この聡四郎という男はよっぽ刺客に好かれる性質であるらしい。

物語の最後の方で、柳沢吉保の命をうけた紀伊国屋文左衛門が派遣する鉄砲うちの襲撃からから徳川吉宗を救ったお礼に、聡四郎は「紅」を嫁さんにもらうための大変な助力を、吉宗からもらうことになる。これはSeason2でも大きな力を持つアイテムなのだが、当面は、「紅」と結婚することに猛反対している聡四郎の親父を黙らせる最強の武器になりますね。

【レビュアーから一言】

物語の展開とあわせて楽しみたいのは、筆者の語る「歴史の裏話」的なところで、今回「ほぉ」とうならせるのは、五代将軍・綱吉の時代にお気に入りだった堀田大老が若年寄稲葉美濃守に刺殺された事件の真相で、柳沢吉里の口から、それは綱吉が「幼き家綱公を傀儡とした老中競技による政を将軍の手に取り返そうとした」策で

「真父さまはまず堀田筑前守正俊を大老として権力をそこに集中させられた」
堀田筑前守は、家継の死後朝廷から宮家を将軍として迎え、従来どおり老中による幕政を行なおうとした酒井雅楽頭忠清を制して、綱吉を世に出した人物であった。
その功績によって堀田筑前守は老中から大老へと引きあげられ、綱吉が将軍となったばかりのころ、絶大な権力を誇った。
「堀田筑前守に権力が集まり、一人によって集団が動かされる状況ができあがったのを見て、真父さまは、堀田筑前守を排除なされた」
「若年寄稲葉美濃守を刺客としてお遣いなられた。春日局の養子でしかない堀田筑前守が重用され、実子である己が冷遇されていると思いこんでいた稲葉美濃守の妬心を利用された」

と語らせている。真相かどうかは別として、犬公方として評判の悪い「綱吉」の全く異なる一面でありますね。そういえば、綱吉も、治世の前半は名君と言われていたので、案外に真実をついているかもしれないですね。


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